泉福寺洞穴
復元した豆粒文土器

復元した豆粒文土器、高さは約22センチ(佐世保市教育委員会提供)

泉福寺洞穴地図

発掘見学が発端

 いまから38年前、1969(昭和44)年のことである。佐世保市大野中学の生徒三人が同市内・下本山岩陰遺跡の発掘調査を見学に出かけた。一人が現場を見て「うちの裏山に、これと同じような洞窟(どうくつ)があるよ」と言った。みな遺跡好きの中学生である。「三人で探検に行こう」ということになった。その中の一人、自衛隊長崎地本佐世保出張所勤務の松瀬日出時准陸尉(53)はこう語っている。
 「友人の家のすぐ裏手ですが、雑木が生い茂っていて、普通の人は近づけないような場所でした。洞窟を見つけて、試しにその下を掘ってみると、すぐに土器や石器が出てきた。これは専門家に知らせなければ、と――」
 下本山岩陰遺跡を調べていた麻生優千葉大教授(故人)がさっそくここを訪れた。樹木や草が生い茂り、日差しも届かぬ場所であった。南西向きの岩壁に4つの洞窟が並んでいた。近くの谷には湧水(ゆうすい)があった。教授はすぐに「有望」と判断した。しかし遺跡発掘とは恐ろしく気長なものである。泉福寺洞穴と名づけられたこの遺跡の価値が判明するまでに10年もの歳月が必要だった。
 発掘開始は1970年8月である。平安時代の層に始まり、弥生時代の層から縄文時代の層へ。縄文土器にもさまざまなタイプがあり、押型文土器層、条痕文土器層、押引文土器層、瓜形文土器層――。やがて日本最古級とされていた隆線文土器が出てきた。そして10層目、見たことのない豆粒状の模様のついた土器片が現れた。発掘開始から10年目、地表から2メートルほど掘り下げたあたりであった。
 名づけて豆粒文(とうりゅうもん)土器。年代測定により12000年前のものと判定された。何と世界最古の土器だった。その後、シベリアで同時期のものが出たといわれ、また年代測定には誤差がつきものであるところから、豆粒文土器を保管している佐世保市教育委員会では“世界最古級”としている。とはいえこれより古い土器が世界のどこかで出現した、というわけではない。

ドングリを煮ていた?

 いずれにせよ日本人は12000年もの昔に土器をつくっていた。そればかりか土器片には煤(すす)が濃く残っていた。たき火の中に土器を立て、ドングリや獣肉などを煮ていた、と推測された。器が世界最古なのだから、器による煮炊きの調理も世界最古と言えるのではないだろうか。
 なぜ九州の佐世保で世界最古級の土器が誕生したのだろう。それについて麻生教授は次のように語っている。
 「氷河期が終わり、温暖化が進む中で、大陸から切り離された日本列島では狩猟が限界に達し、食物を植物に頼るようになる。あたかも温暖な九州では植生の変化によってドングリなどが豊富に採れだした。それを食べるには、あく抜きのための煮炊きが必要である。こうして世界の他の地域に先駆けて、豆粒文土器を誕生させたのだろう」(大学の講義録から)
 長崎県佐世保市瀬戸越1丁目。いまでは住宅が増えてきているが、泉福寺洞穴の周囲は雑木林のまま保存されている。秋になるとドングリの類がたくさん実るという。