彦根城
彦根城天守閣

満開の桜に彩られた天守閣(彦根市提供)

彦根城地図

 彦根城はいくつもの顔を持つ城である。映画「大奥」では江戸城になり、「忠臣蔵」なら赤穂城、「太閤記」では清洲城、「天下騒乱」の駿府城としても登場した。キムタクが主演した藤沢周平原作の「武士の一分(いちぶん)」では、井伊直弼が住んだ埋木舎(うもれぎのや)前の濠端(ほりはた)が、架空の海坂(うなさか)藩内になっている。

ロケで七変化

 映画やテレビのロケで、天守や天秤櫓(てんびんやぐら)、庭園の玄宮(げんきゅう)園がよく使われるから、現地に行ったことのない人も見知っているはずだ。世界遺産の姫路城がロケで江戸城とされることが多いのに対し、彦根城がさまざまな城に変身するのは、宿命のようなものかもしれない。
 今年、築城400年を迎えた彦根城自体、実はパーツ寄せ集めのリサイクルの城なのだ。三階三重の天守は京極高次の大津城から移したものであり、天秤櫓は羽柴秀吉の長浜城大手門、西の丸三重櫓は浅井長政の小谷城天守閣、太鼓門櫓は石田三成の佐和山城か長浜城の城門を移築したと伝えられる。
 彦根城は関ケ原の戦いと大坂冬・夏の陣の間の慶長年間に、3年ほどで城郭の主要部分を完成させている。関ケ原の軍功で石田三成の旧領を与えられた井伊直政は佐和山城に入ったが、彼の没後、遺志を継いだ嫡子直継が琵琶湖に浮かぶ彦根山に新たな城を築き上げたのである。豊臣氏や西国大名を押さえ込む拠点として、徳川幕府は国家事業の天下普請として諸大名に協力させ、築城を急がせている。このため近隣諸城から天守や城門を解体移築したわけで、佐和山城からは石垣や建物など根こそぎ運び込んだという。
 大坂の陣後、彦根藩単独で2期工事にかかり、城下町を含めた現在の彦根城が完成している。急造のリサイクルとはいえ、天守の三重の屋根は切妻、入母屋(いりもや)、唐(から)など多様な破風(はふ)で変化を出し、見事な建築美を示している。

廃城を免れる

 明治の廃城令の際も、北陸巡幸の帰途、彦根に立ち寄った明治天皇の勅命で破壊を免れたとか。おかげで彦根城は創建当時の姿をとどめ、国宝の天守のほか多くの建物が重要文化財になっている。ちなみに江戸期以前から残っている天守は全国で12カ所、うち彦根城のほか松本城、犬山城、姫路城が国宝になっている。
 今年3月下旬から11月下旬まで、城を中心に築城400年祭が行われ、ふだんは非公開の重要文化財の櫓の中で、「彦根城を世界遺産に」、「ワダエミの衣装展」などの特別展が開かれている。さらに老朽化で閉鎖されていた開国記念館を改修、大老井伊直弼の足跡などを紹介する「井伊家十四代物語」も人気を集めそうだ。
 井伊直弼といえば、舟橋聖一の『花の生涯』や、最近でも諸田玲子『奸婦にあらず』などで書かれた開国のリーダー。濠端には世に出る前に過ごした埋木舎が残され、城内の博物館には開国に関する古文書も展示されている。
 桜田門外の変で暗殺され、襲撃した水戸とはいまだに不仲と思いきや、40年ほど前に友好都市になったそうで、「お濠の黒鳥は親善の印に水戸から贈られました」とのことだった。