疎水ウオーキング
琵琶湖疎水は滋賀県大津の三保ヶ崎で琵琶湖から取水、長等山を第1トンネルで抜け、山科に出る。山科盆地の北辺に沿って西に進んだ後、第2トンネル、第3トンネルを抜け、蹴上に出て明治末に増設した第2疏水と合流する。
ここから南禅寺までの間は高低差があり、水力発電に利用した。一方で、船はインクラインを使い荷物ごと陸上を運んだ。疎水関連の遺産は2つの船溜り周辺に集中する。地下鉄東西線の蹴上駅のすぐそばだ。
インクラインの台車やレール、南禅寺脇を走る水路閣などが史跡に指定されている。南禅寺船溜り跡には「琵琶湖疎水記念館」がある。
ここでは明治初期の京都の様子を知り、疎水工事の関連資料や立体模型、田辺朔郎ら当時活躍した技師らの遺品を見ることができる。
当時、水力発電に使った水車や発電機の実物も保存してある。疎水の全体像や往時の土木工事のあり様がよくわかる。こうした産業遺産に触れるのも興味深いが、今も現役の疎水をたどって歩くのも、趣のある京都散策である。坂道が多いので体力がいるが疎水沿いに、もうひとつの京都が見える。
地下鉄の蹴上から一つ先の御陵(みささぎ)駅で降り、国道を渡って閑静な住宅地の坂道を北上すると「山科疎水」にぶつかる。
天智天皇陵の北側に沿って疎水が豊かな水をたたえて流れている。沿道は遊歩道公園になっていて冬はツバキ、春は桜、秋は紅葉と京の町中にない風情がある。
建設事業を後押した伊藤博文、井上馨、松方正義ら明治政府の大物が揮ごうした扁額を彫りこんだトンネルの洞門があり、日本初の鉄筋コンクリート土橋などもある。
御所用水ポンプ室の建つ第3トンネルで第2疎水と合流した流れは南禅寺に下り、運河となって岡崎地区を鴨川方向に向かう。平安神宮をめぐる運河の両岸は桜の名所である。3月末から5月初めは南禅寺船溜りから「十石船めぐり」を運航している。水面に映る桜は見ごたえがある。
もうひとつの流れは蹴上から北に向かう疏水分線。高度を維持しながら南禅寺境内を水路閣でまたぎトンネルをくぐる。若王子神社から慈照寺(銀閣寺)付近までふたたび水路となって路傍を走る疏水分線の堤は「哲学の道」で親しまれる全長1.6キロの遊歩道。哲学者・西田幾多郎がこの道を散歩しながら思索にふけったことからこの名がついたと言われる。
疎水には鯉が泳ぎ、夏は源氏ボタルが舞う。桜などの花木が堤を蔽う宅地の遊歩道だが、観光シーズンは人が列をなし思索とは縁遠い賑わいとなる。それでも、道沿いには永観堂、法然院などの名刹がならび飽きることがない。
観光のメインストリートを外れるとおおきな邸宅が並ぶ閑静な町並みが広がる。疎水の分流が辻々を流れ風情がある。
野村美術館は野村證券を興した野村徳七が蒐集した茶の湯と能の美術館。隣には非公開ながら別邸の野村碧雲荘がある。
泉屋博古館(せんおくはくこかん)は、旧住友財閥の当主住友家の別邸。敷地の一部を美術館にした。住友家は江戸時代に銅の精錬から事業を興したことから中国古代青銅器類と中国書画を当主が熱心に集めた。中国の殷(商)、周時代を中心とした青銅器は一見に値する。
これらの屋敷群や南禅寺周辺の料亭はどれも疎水から引きこんだ導水を庭園に利用している。疎水が京都の「命の水」と言われるのは上水道による飲み水だけではないことが実感できる。「琵琶湖疎水記念館」は地下鉄東西線「蹴上」下車徒歩7分、入場無料。月曜休館。
文・名和 修
疎水記念館
インクライン
山科疎水
哲学の道
発電取水所脇に建つ田辺朔郎像




