第10回(2008年3月4日開催)

絶え間ざる知識創造のプロセスこそ競争力の源泉
賢慮型リーダーシップが「しなやかな組織」を創る

戦略とは未来を創ること
野中郁次郎氏

今日は「知の『流れ』をリードする」をテーマに21世紀の経営について考えたいと思います。経営戦略論の中心的課題は「なぜ企業に差異が出るのか」に集約されます。従来の理論には大きく2つの考え方があり、その1つがマイケル・ポーターに代表されるポジショニング理論です。簡単に言えば、差異はマーケットの陣地取りで決まると。経済理論に基づいて環境を分析し、最も競争が少なく利益を最大化できる市場を選択して競争優位を獲得することが戦略の要諦(ようてい)であるという考え方です。

もう1つは経営資源をベースにした戦略論(※1)。他社には模倣困難な資源を獲得し、活用した企業が勝つという考え方です。競争力の源泉を企業内部に求めているという意味で環境分析に基づくポジショニング理論とは対極にありますが、どちらも生き生きとした人間が見えてこない。現実のデータをいくら分析したところで、それを解釈するのは人間であり、そこから新たな現実を生み出していくのは人間の知力です。

我々が提示したいのは人間の創造性やダイナミズムを重視した知識ベースの企業理論(※2)。戦略は未来創造であり、その根幹となるのが知識(ナレッジ)。知識とは、個人の信念や思いを、人と人との相互作用の中で社会的に正当化していくダイナミックなプロセスであると考えています。

知識は独特の性質を持った資源です。いくら使っても価値を減じない。時空間を超えて移動可能。ただし、人間の頭と体に埋め込まれた「見えざる資産」なので簡単には売買できない。中でも最大の特質は、人間にしか生み出せないということ。しかもすぐに陳腐化するのでつねに創(つく)り続けなければならない。そう考えると経営も根底から変えていく必要が出てきます。

従来の経営学がモノを対象としてきたのに対し、我々は知識をベースに、これをモノではなく「コト」ととらえています。その基盤となるのが「プロセス観」です。ヘラクレイトスは「万物は流転する」という言葉を残していますが、この変化する過程そのものを現実の世界として考えようというのがプロセス観。知識も現実も絶えず動いている。例えば、川というモノはなく、それは絶え間ない流れだと考える(※3)。人間も、ただここに有る(being)のではなく、成る(becoming)。つねに新しい経験や価値が付加され、新たな存在であり続けている。すべてのプロセスは未来を創造することにつながっているわけです。

もちろん、モノの存在も否定しません。モノは連続したプロセスから切り取られた特定の状況や時間。我々が思いを言葉にし、それを実現すると具体的な商品や技術、サービスになります。これを市場に投入すると、さまざまな人の知を触発することで絶えず修正され、それがまたコトとなって次々と新しいものを生み出していく。人と人との経験の交流の中でコト(動詞的状況)とモノ(名詞的状況)が反復され、新たな知が生み出されていくわけです。

暗黙知と形式知のスパイラルが知を創る

経験は主観的・身体的な知ですから、そのすべてを言語化することはできません。これを我々は「暗黙知」と呼んでいます。暗黙知は1人ひとりのユニークな知。つまり個人知です。経営においてはこれを共有可能な「形式知」にしていく必要がある。形式知とは言語・文章で表現できる客観的、理性的な知。暗黙知を形式知に変換していくことで個人知が組織知になり、組織知が個人知を刺激して、さらに豊かな暗黙知を生む――。知識創造とは暗黙知と形式知の相互変換運動であるわけです。

暗黙知と形式知の相互作用による組織的知識創造の基本原理は共同化、表出化、連結化、内面化の4つのプロセスで構成されます(※4)。まず他者と経験を共有し、相手の視点に立つことで新たな気づき、暗黙知を獲得する。これが共同化です。それを対話を通じて言葉(コンセプト)にしていくのが表出化。ここで暗黙知が形式知に、個人知が集団レベルの知になる。そうやって生み出されたコンセプトやプロトタイプを既存の形式知と組み合わせながら分析・編集・体系化し、組織知にしていくのが連結化のプロセス。さらに行動を通じてこれを具現化し、新たな暗黙知として理解・体得していくのが内面化です。

知識創造企業のプロセスモデル知識創造企業のプロセスモデル
(図をクリックで拡大表示します)

この基本原理を根幹に据え、知の流れを創り出している組織体こそが「知識創造企業」。これをマネージしていくにはビジョン、対話、実践のスパイラル運動が必要です(図参照)。ビジョンとは、簡単に言えば思い。強い思いがないと知は生み出せません。対話は暗黙知を形式知に変換する非常に重要なプロセス。知を創り出す対話は単なる妥協ではなく、弁証法(※5)によって、より高い次元の真理に昇華していくことが重要です。実践もまた弁証法のスパイラルによって絶えず行動の中で反省し、質を高めていく必要がある。この三位一体を支援するのが駆動目標と「場」です。

場とは最も鮮度の高い「いま・ここ」の経験が共有された状態。会議、飲み会、プロジェクトチームなど多様な手段・空間が場となりますが、暗黙知を共有するにはやはり直接対話することが重要です。さらに場を取り巻く知識資産の中で最も基本的なものはケア、信頼、安心といった社会関係資本。これが共有されていないとスムーズに知を創造していくことはできません。

「賢慮型リーダー」の6つの条件

知識創造企業の経営において最大の課題は、絶えず変化する環境の中でこのプロセスモデルをいかにバランスよく展開し、持続的に知を創り上げていくか。これはリーダーの資質と手腕にかかっています。知識創造モデルを機能させるリーダーシップを考える中で我々が到達したのが「フロネシス(賢慮)」という概念(※6)。現実は絶えず動いているので同じことは2度起こらない。重要なのは、その都度の状況・文脈の中で最適な判断・行動がとれる高質な暗黙知――それが賢慮です。

賢慮型リーダーシップは6つの能力で構成されると考えています。第1に、善いことを判断する能力。善とは自己実現しながら公共の善、社会の幸福を生み出していくような価値観です。第2に場づくりの能力。第3は本質に気づく能力。第4は、気づきを言語(コンセプト)化する能力。第5は、そのコンセプトを実現する政治力。そして第6が賢慮そのものを伝承・育成する能力です。賢慮を共有できれば何が起きても弾力的・創造的に、リアルタイムで対応できる。究極の戦略とは、こうした「しなやかな組織」を構築していくことです。

知識創造企業は「何のために我々は存在するのか」「どう生きたいのか」という存在論を基盤にしています。そうやって理想を掲げつつ、一方ではしたたかに現実を直視し、対話と実践を媒介にしながら「何が本当か」を絶えず突き詰めていく。いわば理想主義的リアリズムを日々実践する組織体です。従来の経営論には、企業は株主への報酬を最大化するためのマネー・メーキング・マシンだという考え方が強くありますが、知識創造企業の本質は、金儲(もう)けのツールとしての経営を超えて「生き方」としてとらえる企業観。そのルーツは日本企業の中にあると私は考えています。

日本企業には、知の創造を通じて全く新しい経営スタイルを、ぜひ世界に向けて発信し続けていただきたい。皆さんにも賢慮型リーダーを目指し、それを日々実践する中で「知の『流れ』をリード」していただきたいと思っています。

講師紹介

野中郁次郎氏

一橋大学名誉教授

野中郁次郎氏


早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務ののち、カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて博士号取得。南山大学経営学部、防衛大学校、北陸先端科学技術大学院大学教授、一橋大学大学院教授などを経て、現在、一橋大学名誉教授およびクレアモント大学ドラッカースクール名誉スカラー。主な著作に『失敗の本質』(共著、ダイヤモンド社)、『知識創造企業』(共著、東洋経済新報社)、『戦略の本質』(共著、日本経済新聞出版社)、『美徳の経営』(共著、NTT出版)など。

脚注

■※1

物的経営資源を軸に企業をとらえる理論の代表にRBV(Resource-basedView)がある。コアコンピタンスも経営資源によるアプローチの1つ。

■※2

知識創造理論。参考図書に『知識創造企業(The Knowledge-Creating Company)』(東洋経済新報社)。後述のプロセス観(プロセス理論)については『ManagingFlow』(近刊予定)。

■※3

哲学者ニコラス・レッシャーの言葉。「太陽というものはない、それは永続する炎である」とも語っている。

■※4

SECI(セキ)モデル。SECIは「Socialization(共同化)」「Externalization(表出化)」「Combination(連結化)」「Internalization(内面化)」の頭文字をとったもの。4つプロセスが相互に作用して一段上の知識レベルへと昇華するプロセスを理論化したもので、1991年『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された。

■※5

ヘーゲルの弁証法とは、命題(テーゼ・正)と反命題(アンチテーゼ・反)を、より高次元の総合命題(ジンテーゼ・合)に昇華していく思惟(しい)の運動様式。ジンテーゼは新たな反命題を生み、そこから新たなジンテーゼが生まれ、この正反合のスパイラルにより真理へと近づいていく。

■※6

アリストテレスが提唱したコンセプト。実践的知恵とも訳される。
協賛企業:
講座協力:東京21cクラブ