第8回(2008年1月17日開催)

ITを活用したビジネスのアイデア 生み出す鍵は「創発」
情報を可視化、編集してビジネスモデルを確立

ITプロジェクトはなぜ失敗するのか
国領二郎氏

今日は「ITと経営戦略」をテーマに3つのメニューを用意しました。1つは企業におけるITのマネジメント。次にITを使ったビジネスの創造と可能性。最後に日本がとるべきIT戦略についても考えていただきたいと思っています。

今やITは経営の根幹を支える重要な基盤。しかし開発コストの超過やスケジュールの遅れ、せっかく導入したシステムが十分に活用されない、機能しないなど多くの企業が苦労し失敗しています。なぜ失敗するのか、どうすれば失敗を避けられるのか――。御しがたいものであることは確かですが、やるべきことははっきりしています。

まずは戦略の明確化とBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の実施です。どんな価値を、どのような仕組みで顧客に提供するのか。自社の戦略を明確化したうえで仕事の段取り・やり方を見直す。BPRは非常に厄介ですが、仕組みの改革なしにシステムだけ新しくしてもうまくいきません。この社内の壁を突破するために欠かせないのが経営トップのコミットメントとCIO(情報統括役員)の存在です。

何のために、どんなシステムを作るのか。しっかりBPRができたら、次はそれを開発目標と要求仕様に落とし、ITベンダーと一体となって開発する。ここがプロジェクトの明暗を分ける大きなポイントです。ベンダーに丸投げしていては、欲しいシステムを欲しい価格で手に入れることはできません。業務の流れを記述するモデルと情報システムを記述するモデルをつなぐ一連の概念を理解し、ユーザー自身が要求仕様を書く能力をつけることが重要です。

ITシステムは、難しそうなことが意外と簡単だったり、逆に簡単そうなことが難しく、コストがかさむもの。技術的な細かいことがわからなくても、自分たちの注文がシステム的にどういう意味を持つのかは理解しておく必要があります。「細かいことは任せるから絶対に落ちないシステムを作って」という人もいますが、残念ながら落ちないシステムはありません。リスクはなくすものではなく、管理するもの。可能性や事後の対応をシミュレーションしておくことが大切です。開発段階では「人月の神話」(※注1)も要注意。開発が遅れているからといってむやみに人員を増やすと仕事のスピードはかえって落ちてしまいます。

システムは生き物、進化するもの。導入して終わりではなく、マーケットの変化や新しい技術を取り込みながら進化する機動的な構造を作り、進化のプロセスとしてマネジメントしていくことが大切です。

可視性を経済価値に変換する

活版印刷技術を実用化したグーテンベルク以来、20世紀までに発達した情報技術は少数の発信者が情報を大量に複製して配る「高固定費・大量配布型」でした。これに対し、誰もが低コストで世界中に発信できるのが21世紀のITモデル。消費者から発信される情報をビジネスにどう取り込むかが大きなポイントになります。

今、我々が注目しているのは携帯電話に象徴されるユビキタスネットワークとRFID、生体認証といったセンサー技術を組み合わせた「場所(位置)情報」の可能性です。これを活用すれば、例えばレストランのランチ広告を店から半径数百メートル圏内にいる人にピンポイントで配信できる。すでに携帯電話の位置情報機能を使って「今すぐ、ちょっとだけアルバイトしたい」人と「今ちょっとだけ働いてほしい」人をマッチングするサービスを始めたベンチャー企業(※注2)もあります。

つまり「いつでも、どこでも、誰でも」のユビキタスネットワークに、センサー技術を使った「今だけ、ここだけ、あなただけ」の識別の仕組みを加えると、個々のニーズにピンポイントで応えるサービスが提供できる。もう一歩進めて場所・時間・ID・属性と「出来事」をひも付けできれば、さらに大きな価値が生まれるはずです。

例えば病院でスタッフ、患者さん、機材の位置情報を取れるようになれば、いつ・どこで・誰が・どんな手当てを受けたかの報告・確認を自動化できる。これは仕事の効率化と同時に事故防止にもつながります。また、家電製品に識別子を付けておけばリコール時に回収すべき製品の所在がわかる。電力線通信を使えば該当機が自ら位置情報を発信する仕組みも構築可能でしょう。

こうしたビジネスアイデアをいかに生み出すか――という時にキーワードとなるのが「創発」(※注3)です。イノベーションや画期的なアイデアは偶発的に起こるもの。その可能性や頻度を高めるのが創発の発想です。皆さんには創発を誘発する情報環境のヒントをまとめた小冊子(※注4)をお配りしましたが、これらのヒントに共通しているのは、これまで分断され、活用されてこなかった情報をいかにつなぎ合わせて価値を生み出すか、という視点。情報の分断・断片化によって発生している無駄や機会損失をなくしていけば、高齢化しても活力あふれる社会や、経済成長と環境の両立も可能になる。その根底にあるのが情報の「可視性」です。

これまで見えなかったものやニーズが見えるようになる――この可視性を経済価値に変換していくことができれば、効率や安全性を高めたり、個別のニーズに応える高付加価値のサービスを提供できる。大切なのは、断片化された情報を単に結合させるだけでなく、それを編集してビジネスモデル化することです。つまり創発のプラットフォームを提供し、そこで生まれた価値を内部化する仕組みを作る。

ただし、ネットワークの利益は全体として生まれるものですから、参加が得られないと全体利益も生まれません。ビジネスモデル化する際のポイントは個の利益やインセンティブに働きかけつつ、そこに創発する協働への動きを作り出し、いかに全体の利益を活性化させるか。共同利益と個の利益の動きを一致させるようなメカニズムを作れるかどうかが成否の鍵を握っています。

日本が目指すべき脱量的成長の戦略
会場全景

皆さんには、ITを使ったビジネスの可能性を経済全体の問題――日本のIT戦略として考える視点も持っていただきたい。これに関しては内心じくじたるものがあるのですが、ここ数年の景気回復をけん引してきたのは残念ながらITではありません。統計を見ても、活性化の軸となっているのは主に昔ながらの重厚長大型産業です。

では、これからどうするのか。日本には大きく2つの選択肢があると思います。20世紀型の量的成長を遂げているアジア市場をターゲットに、高度成長期の成功モデルで勝負するというのが第1の戦略。あるいは環境・高齢化といったアジア諸国もいずれ直面する「20世紀の後遺症」的課題の解決で先手を打つ。これが第2の戦略。

第1の戦略で力を蓄え、リスクヘッジしつつ第2の戦略に投資するという方法もあるし、シフトするタイミングやスピードの問題もありますが、第1の戦略では早晩行き詰まることは見えている。私自身は第2の戦略を何とか早くテイクオフさせたいと考えていますが、決断するのは次世代を担う皆さんです。創発の取り組みと同時にITの特性や基本的概念を理解し、その可能性を最大化して日本経済の発展に結びつけていただきたいと思っています。

講師紹介

国領二郎氏

慶応義塾大学
総合政策学部教授

国領二郎氏


1982年東京大学経済学部経営学科卒業。同年、日本電信電話公社(現NTT)入社。86年まで計画局、新規事業開発室などに在籍。88年ハーバード大学経営学修士号取得、92年同大学経営学博士。帰国後、同社企業通信システム本部勤務を経て、93年慶応義塾大学大学院経営管理研究科助教授。 2000年同教授、03年同大学環境情報学部教授、05年同大学SFC研究所長。06年より現職。主な著書に『創発する社会』(日経BP企画)、『CIO のITマネジメント』 (NTT出版)、『地域情報化 認識と設計』 (NTT出版)など。

脚注

■※1

人月(にんげつ)の神話=IBM360という伝説のシステムを開発したF・P・ブルックスの著書『人月の神話――猿人間を撃つ銀の弾はない』から引いた言葉。

■※2

ロケーションバリュー社の「おてつだいネットワークス」。

■※3

創発とは、多くの要因や多様な主体が絡まり合いながら相互に影響し合ううちに、エネルギーの向きが一定方向にそろい、予期せぬ結果が現出する現象のこと。英語ではエマージェンス(Emergence)。

■※4

『偶然→ ! ←必然』=慶応義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)と大日本印刷の共同研究をまとめたもの。「予約のいらない会議室」「耳のある壁」「落書きできる机」など、予期せぬ形で価値を見いだすような情報環境のヒントを紹介している。
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講座協力:東京21cクラブ