第6回(2007年11月7日開催)

時代は「恋愛型」競争へ。優位性を高めるためには
「千客づくり」と「万来化」の仕組みが鍵

嶋口充輝氏

今日は「現代マーケティングと顧客創造」をテーマに、経営におけるマーケティングの役割と顧客満足戦略についてお話ししたいと思います。

まず、企業の競争環境を考える上で押さえておきたい変化が2つあります。1つは市場シェアをめぐる「戦争型」から「恋愛型」競争への変化。ライバルを倒しても、肝心の恋人に愛されなければ市場の勝者にはなれません。勝負の鍵を握っているのは顧客満足、どれだけお客様に愛されるかです。

もう1つは「個」から「仕組み」の革新競争への変化。昔は技術的に優れた製品、あるいは価格競争力のある製品を出せば、それだけでシェアを伸ばすことができました。しかし、目に見える個々の革新はすぐ模倣されてしまいます。目に見えない仕組みそのものを革新し、コアコンピタンスとすることが重要になってきた。こうした環境下で事業運営していくには、基本に返り、原則に従うことが大切です(図1参照)。

図1図をクリックで拡大表示します

事業の基本命題は永続性。今を起点に一瞬の休みもなく営み続けなければならない。これを唯一保証してくれるのが収入です。収入をつくるとは、すなわち顧客に買ってもらうということ。ピーター・ドラッカーが著書『現代の経営』で指摘した通り、顧客の創造と維持こそがビジネスの唯一の目的であり、顧客満足を事業理念とすることで初めて事業の永続性をまっとうできる。

この理念を具現するには、顧客の創造と維持の仕組みを考えるマーケティング機能と、新しい技術やアイデアといった新機軸を事業に取り込むイノベーション機能が必要です。現代マーケティングは2つの要素を兼ね備えたもの。一言で言えば「人の欲するものを、人の予期せぬ形で」提供する機能。これは映画監督の故伊丹十三氏の言葉ですが、まさにこれが現代マーケティングの目指すところです。

この機能を支えているのがヒト、モノ、カネ、ノウハウといった経営資源。頭のいい人をいくら集めても経営資源にはなりません。必要なのは顧客の創造と維持の仕組みを理解し、動かしていける人材。そうした人材を集め、育てるには人材開発部門にもマーケティングの視点が不可欠です。マーケティングは特定部門の話ではなく、まさに「エブリワンズ・ビジネス」。すべての人と部門がこれを前提に考え、それぞれの専門分野に生かしていくことが重要です。

「千客万来」の仕組みを作る
会場全景様々な企業を例に分かりやすい講義が好評だった

事業運営の基本は分かっているのに、できている企業は非常に少ないのが現実です。1番の原因は利潤を目的化してしまうから。業績が悪化すると、多くの企業は経営資源を減らしてしまいます。確かにここを削れば一時的に利潤が出る。でも、顧客の創造と維持の仕組みを動かす原資を利潤に取り込んでしまうわけですから、顧客基盤が弱まり、永続性が危うくなる。どんなに苦しくても、つねに「事業運営の基本」構造図の上から考えて、結果として利潤をつくる仕組みを再構築していくこと。これが経営の鉄則です。

顧客の創造と維持の仕組みとは、いわば「千客万来」の仕組み。たくさんの客を呼ぶ「千客づくり」は顧客の創造、1000の客に1人10回以上来てもらう「万来づくり」が顧客維持の仕組みです。千客万来の仕組みを作るマーケティングは唯一の収入創出機能。まずは顧客基盤=収入を作り、顧客満足の視点で経営資源の選択・集中を図りつつ利潤に落とし込んでいくことが大切です。

一口に顧客満足といっても、その満足度は様々。行動特性も違います。非常に不満な客は買ってくれないだけでなく、周囲に悪口を言いふらしています。つまり、会社の潜在顧客を暗殺する「テロリスト」客。やや不満な客は渋々買っている層。他に選択肢があれば、すぐにでも逃げ出したいと考えている「人質」客です。

満足度ゼロは成り行きで買っているだけの「傍観者」客。やや満足の層は、満足してはいるけれど浮気するかもしれない「有閑マダム」客。非常に満足している客は浮気の心配がなく、かつ周囲にも勧めてくれる「伝道師」客。この層を増やすことが最終目標ではありますが、それぞれの満足度に合わせた適切な対応が必要です。

マイナス満足は、一般にクレームという形で表出します。米国の調査によると、不満を持つ顧客のうち苦情を言うのは4%。残りは黙って見限っている。苦情が一件あれば水面下で多くの顧客を失っているということですから、これは経営問題として可及的速やかに対応・解決する必要があります。問題が迅速に解決された場合、その会社と再び取引したいと考える人の割合は実に96%。苦情は顧客基盤を立て直すための貴重なギフトととらえるべきです。

ゼロ満足への対応に必要なのは戦略的顧客満足。限られた原資の中で顧客満足を高めるには、まず自分たちの強みや一番得意なものを「選択」することが重要です。そこを徹底的に磨いて、顧客目線で得意技の「断トツ化」を図る。得意技で恋愛型の競争優位を築くには、これを「投資の発想」でやることも大事。最初は赤字でも“損して得取れ”の発想で、喜んで投資すること。

ゼロ満足層への戦略的顧客満足は、いわば千客づくり。プラス満足への「関係性マーケティング」が万来づくりの基盤となります。顧客と強固な関係を構築できれば、失われた顧客分を穴埋めする新規顧客獲得のコストを削減できます。重ね買いによる収入増も期待できるし、プレミアム価格も容認してもらえる。さらに、客が客を呼ぶ効果もありますから、企業にとって大きな資産、収益を生み出す源泉となります。

こうした関係の構築には、まず関係の場とターゲット層を明確にし、そこに自分たちの得意技を重ね合わせて事業のドメイン(生存領域)を構築すること。場を明確化できたら、次はそこでの信頼構築。信頼の付与はリスクを伴いますが、信頼がないと関係性は結べません。自分たちがドメインと決めた部分では愚直に信頼するしかない。個々の判断に委ねるのではなく、信頼付与をシステム化し、その上で顧客との接点となる現場への評価・報奨システムを整えてエンパワーすることが重要です。

図2図をクリックで拡大表示します

ドメインでの愚直な信頼付与をシステム化し、現場をエンパワーする仕組みをベースに顧客とのキャッチボールを繰り返し、その中で「共創価値」を築いていくことが万来づくりの鍵。売り手が自分の思いを形にしてサービス(マーケティング・アクション)を提示すると、買い手から何らかの反応が返ってきます。この「偶発的な反応」を売り手がうまく取り込み、自分たちの思いと調整しながら、次なるアクションを起こす。そこへの偶発的反応も同じように取り込んでいく。この「誘導される偶発」のサイクルを繰り返していくと、そこに売り手と買い手の双方が納得する「共創価値」が形成され、それが関係性をより強固なものにしていく(図2参照)。次代のビジネスリーダーとなる皆さんには、ぜひこうした視点を持って事業運営にあたり、恋愛型競争優位を高めていただきたいと思います。

講師紹介

嶋口充輝氏

法政大学経営大学院教授・慶応義塾大学名誉教授

嶋口充輝氏


1967年慶応義塾大学経済学部卒、フルブライト奨学生として渡米。75年同大学、ミシガン州立大学の両大学院修士・博士課程を修了、経営学博士(Ph.D.)。慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授を経て、2007年より現職。専門は市場戦略論、マーケティング論。『ゼミナール マーケティング入門』(日本経済新聞社)など著書多数。

協賛企業:
講座協力:東京21cクラブ