第5回(2007年10月2日開催)

会計知識は企業を評価するモノサシ
リーダーに求められる“数字で夢を語る力”

会計はビジネスに必須の「言語」
伊藤邦雄氏

人材コンサルタントに転職の相談をすると「〇〇はできますか」と必ず聞かれるものが3つあります。英語、IT、そして会計です。3つの共通点はビジネスに必須の言語、コミュニケーションの手段だということ。いわば現代版三種の神器です。

会計基準は国際標準化したグローバル言語です。ROE、ROA、ROS、EPS、PER、PBR、ROCE、EVA。皆さんはいくつわかりますか? これらは企業やその業績を評価する世界共通のモノサシ。こうした評価指標に精通していることはビジネスリーダーの重要な要件の1つです。

かつては売上高やシェアを指標としていました。次に利益を、さらに売上高に占める利益率を見るようになった。これがROS(売上高利益率)です。ROSは損益計算書上の数字で算出されますが、バランスシート(貸借対照表)の視点も必要と言われるようになり、ROA(総資本利益率)ROI(投下資本利益率)が使われるようになった。分母にバランスシート上の総資本(総資産)を据え、どれだけの資本を使って、どれくらいの利益を上げたかを見るようになったわけです。

現在、多くの企業が中期経営計画などで戦略目標に掲げているのはROE(自己資本利益率)です。これは総資本の1項目である株主資本を分母に、株主の視点から、株主が拠出した資本を元にどれくらいの利益を上げたかを測定する指標。株主資本利益率とも呼ばれます。

「資本コスト」のマインドを持つ

企業の経営状況を把握する上で、最も包括的かつ信頼できる情報源の一つが有価証券報告書。そこにある財務諸表や経営データから企業の実態を透かして見る力、そうした数字で夢やビジョンを語る力もビジネスリーダーの要件の1つです。

数字を使って“計器飛行”する力も必要です。ジャンボ機の操縦室を思い浮かべてください。目に見える変化で判断する有視界飛行だけでなく、収益性のメーターや効率性、安全性、成長性のメーターなどさまざまな計器が示す数字から立体的に状況を把握する力は経営には不可欠。さらに、これからのビジネスリーダーにぜひ持っていただきたいのが「企業価値」という発想と「資本コスト」のマインドです。

企業価値の現実的解釈として挙げられるのは株式時価総額や、これに有利子負債額を加えたエンタープライズ・バリュー。理論的解釈としては、将来発生するフリーキャッシュ・フローの現在価値。簡単に言うと、資本提供者である株主や債権者に対して企業が自由に分配できるキャッシュが将来どれくらい増えそうか、ということ。ROEは、株主から預託された資金をいかに効率的に活用・運用したかの成果を示す指標ですが、これには限界もあります。

自社株を市場から買い戻せばROEは上がりますが、過度な自社株買いは株主資本そのものの縮減につながります。また、ROEは資本構成の影響を受けやすく、負債を増やせばROEは上昇しますが、これも度が過ぎると倒産リスクを高めてしまう。

図1図をクリックで拡大表示します

また、ROEは資本コストを考慮していません。資本コストとは株主など資金提供者が投資先企業に求める最低限の期待リターン、期待収益率です。企業活動にはさまざまなステークホルダー(利害関係者)がかかわり、それぞれにコストが発生します。これを売り上げから順に引いて、残ったものが利益(図1)。従業員、顧客、取引先へのコスト、銀行への利子や政府への税金――損益計算書に計上されているのはここまで。株主へのコストは払われていない。つまり損益計算書のボトムライン(当期純利益)は企業にとっての利益ではなく、株主の利益なのです。

株主へのコストは配当ばかりではありません。株式の資本コストとは、株主が同様のリスクを持つ企業の株式に投資した時に得られると期待されるリターン、つまり機会費用。株主が期待する最低限のリターンをボトムラインから引いて、はじめて本当の企業価値がわかる。この新たなボトムライン――それがEVAです。

EVAがプラスなら、すべてのコストを引いた上で黒字ですから企業価値を創造しているということ。逆に、ROEが高くても、ボトムラインが黒字であってもEVAがマイナスなら企業価値は破壊されているということ。経済実態は同じでも、モノサシを変えると違う風景が見えてきます。

企業風景の中心に資本コストが入り込んでくると、バランスシートの見方も変わってきます。例えばバランスシートの左側にくる資産。従来は資産規模が大きいとプラスの評価をもらえましたが、保有資産が多いということは、それだけ資本コストが掛かっているということ。コスト以上のリターンを生めない資産を保有しているのは企業価値を減じていることにほかなりません。コスト以上のリターンを生めない資産の最たるものが現預金です。現預金が潤沢な企業を買収すれば、それだけM&Aの正味コストも安くあがる。「どうぞ買収してください」と言っているようなものです。

「企業ブランド」が競争力を高める鍵

企業が保有する資産には大きく2種類あります。不動産などの有形資産と、特許や企業ブランドといった無形資産。1980年代までは有形資産が企業価値を決定していましたが、90年代以降は主役が逆転。無形資産が企業価値を高めるドライバーとなっています。中でも特に注目されているのが「企業ブランド」です。

企業ブランドとは、人々がその会社に対して抱くイメージを決定づける無形の個性。自社と他社を差別化し、圧倒的な存在感と信頼感を人々に与えるものです。これを企業価値創造のPDCAにつなげるには、企業ブランド価値を測定・定量化し“見える化”する必要があると考え、日本経済新聞社の協力を得て価値測定モデル「CBバリュエーター」を開発しました。

この測定モデルは、企業の主なステークホルダーである顧客、従業員、株主のそれぞれから見た企業ブランドや企業イメージを1つの指標に統合したもの。こうした指標を活用することで、3者から見た企業価値が連鎖・連動して高まるような経営施策を立てることが重要です。

企業価値を高めるということは企業の競争力を高めるということ。その原動力となるのは企業ブランドと、施策実現を担う従業員1人ひとりの士気。骨太な競争力を獲得できるかどうかは、自社の企業ブランドに高い誇りを持ち、仕事上・経営上の様々な課題を考え抜く姿勢を持っている社員が何人いるかで決まるのではないでしょうか。

企業ブランドは社員1人ひとりの質と価値(パーソナル・ブランド)の集積であり、企業ブランド価値が高まれば社員のパーソナル・ブランド価値も高まる――。こうした視点を皆さんの日々の仕事にもぜひ生かしていただきたいと思います。

講師紹介

伊藤邦雄氏

一橋大学大学院
商学研究科教授

伊藤邦雄氏


1975年一橋大学商学部卒、80年同大学院博士課程終了。一橋大学助教授、スタンフォード大学フルブライト客員研究員などを経て、92年より一橋大学教授。主な著書に『コーポレートブランド経営』、『ゼミナール企業価値評価』(共に日本経済新聞出版社)、『無形資産の会計』(中央経済社)など。

キーワード解説

■ROS(return on sales)

売上高利益率。利益/売上高×100。

■ROE(return on equity)

自己資本利益率。税引利益/株主資本×100。

■ROA(return on assets)

総資本利益率。当期純利益/総資本×100。

■ROI(return on investment)

投下資本利益率。 投下した資本がどれだけの利益を生んだかを計る尺度で、企業の収益性や資本の運用効率を表す代表的な指標。利益/使用総資本×100。

■フリーキャッシュフロー

企業が生産や販売などの事業活動で得た収入から売上原価などを引き、さらに設備投資や実際に支払った税金などの支出を差し引いた金額。純現金収支ともいう。

■EVA(economic value added)

経済付加価値。米国スターン・スチュアート社が開発した独自の企業評価の指標。税引後営業利益から資本コストを引いて計算する。

■PDCA

施策策定の「PLAN」、行動の「DO」、検証の「CHECK」、改善し次の施策に移る「ACT」の頭文字をとったもの。
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講座協力:東京21cクラブ