第4回(2007年9月4日開催

技術革新だけがイノベーションではない
今こそ求められるアントルプルヌアの精神

経済大国を作ったパラダイムチェンジ
米倉誠一郎氏

1945年の東京は、上野から品川の海が見えたそうです。それが半世紀で高層ビルの“海”に変わった。今日は、その発展を支えたイノベーションと企業家精神について考えていきたいと思います。
 戦後、日本は驚異の復興を果たしました。経済力は世界第2位。これを可能にしたのはパラダイムチェンジ――発想の大転換です。日本は天然資源が乏しく、耕作面積の少ない島国、しかも1億人にのぼる人口過密国家です。戦前の日本は満州を含めた海外展開にその活路を求めました。
 悲惨な戦争を経て、これをどう発想転換したのか。資源がないなら輸入し、それを加工して輸出すればいい、と考えました。鉄鉱石を輸入して加工すれば鉄に、さらに加工すれば自動車になる。島国日本は、実は良港に恵まれた貿易適国。しかも、戦艦大和を造るほどの造船技術を持っていました。
 当時、英仏の人口は約4,000万人、ドイツで約6,000万人ですから、確かに日本は人口過多です。でも、発想を変えれば初期値で1億人のマーケットがあるということ。教育水準も高い。優秀な労働力と巨大なマーケットが内需として存在する――。こうした発想が高度経済成長へとつながったわけです。問題は今後のパラダイム・チェンジです。現在GDP(国内総生産)は約500兆円。税収は約50兆円。なのに国家予算は約84兆円。国の借金は800兆円を超えています。ブラジルは借金がGDPの40%に達して破綻を宣告されましたが、日本が抱える借金はGDPの実に160%。これは大問題です。
 少子高齢化も深刻です。2010年から人口が毎年120万人ずつ減る。これは青森県の人口に相当する規模です。その中でプライマリーバランス(財政の基礎的収支)を均衡させるには何が必要なのか。この負の側面をどう発想転換するのか。

起業家からアントルプルヌアへ

日本経済は危ういけれど、ポテンシャルは非常に大きい。例えば、道州制が実現した場合の行政ブロックごとの経済力を見ると、関西はカナダより大きく、関東はフランスとほぼ同規模です。九州と四国を合わせれば韓国を上回り、北海道も単体でデンマークに匹敵する経済力がある。つまり、日本の中に先進国をいくつも抱えているということ。ブロック間の競争が始まれば改革が進み、経済も活性化するはずです。
 事業性の高い分野はすでに競争原理が働いています。課題は公共性の高い分野の活性化です。公共性が高く、かつ収益性の高い分野を担うソーシャル・アントルプルヌア(社会企業家)が出てこないと日本は構造的に立ちいかなくなる。プライマリーバランスを健全化させるカギもここにあります。
 いよいよ本題です。まず、アントルプルヌアとは何か。「起業家」という字を当てる人もいますが、事業を起こす人だけがアントルプルヌアではありません。例えば役所の昼休み。職員が交代で残って対応すれば会社勤めの人も利用でき、サービス向上を図れる――というのもアントルプルヌアの発想。これは特別な才能ではなく、本質がわかれば誰でも身につけられる能力です。
 経済学にアントルプルヌアという言葉を持ち込んだのは17世紀フランスの学者、カンティヨンです。彼は産業革命前後に新しい階層を発見した。商人でも手工業者でもない、何か新しいことを企てる人々。それがアントルプルヌアです。でも、その後の経済学は“人”に光を当ててきませんでした。古典経済学の始祖アダム・スミスしかり、現代経済学の父J・M・ケインズしかり。古典派は、競争さえあれば「神の見えざる手」によって市場は均衡すると供給ありきの理論を展開し、ケインズは「有効需要の創出」こそが供給を作り出すと考えた。でも、どちらも人間不在の均衡論。需要と供給、どちらが先でもいずれ市場は均衡する――そうした考えに異を唱えたのがヨゼフ・シュムペーターです。

「新しい組み合わせ」を考える

 シュムペーターいわく、現状を「イノベーション」によって「創造的に破壊」し、新たな経済発展を導くのは人間のパワー。こうしたイノベーションの担い手こそ「アントルプルヌア(企業家)」である、と。ここにカンティヨンの言葉を引いたわけです。
 つまり、企業家とはイノベーターのこと。イノベーションというと技術革新をイメージする人も多いけれど、既存のものを組み合わせて新しいビジネスモデルを作るのもイノベーションです。フレデリック・スミスが「ハブ&スポーク戦略」で築いたフェデラルエクスプレスは、まさにその好例。ドン・キホーテが“真夜中”という市場を開拓したのも一つのイノベーション。新しい技術・製品の導入、新生産方式の導入、新市場の創造、新しい原材料や半製品の獲得、新組織の創造。これらの「絶えざる新たな組み合わせ」がイノベーションを生み出す、とシュムペーターは記しています。
 これを別の角度から類型化(右下図)したのがハーバード大学の故ウィリアム・アバナシー教授。縦軸は市場、横軸が技術です。新しい市場を創出するか(上)、既存市場を地道に深めるか(下)。既存の技術コンセプトを破壊するイノベーションか(右)、既存技術を熟成・精緻(せいち)化するイノベーションか(左)。新技術で新しいマーケットを創出する構造的革新もあれば、既存技術の改良によって低価格化や高品質化を進める通常的革新もある。皆さんも、各類型のイノベーション事例を考えてみてください。

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この図から、企業家を4タイプに分類することもできます。右上はある種の天才。右下を担うのは技術者。技術がなくても、マーケットを熟知していれば左上のイノベーターになれる。左下の管理者タイプとは、例えばトヨタ生産方式を体系化した大野耐一さん、あるいは各社でQCサークル活動を頑張っている人々もここに入るでしょう。
 ここで重要なのは、今自分たちに必要なのはどのイノベーションか、どのタイプの企業家かを考えること。一人でできることは限られています。技術はあるけれどマーケターがいない、あるいは市場性に優れたアイデアはあるけれど技術面のブレイクスルーが必要――と、絶えず「新たな組み合わせ」を考えること。現状を「創造的に破壊」するには自分と異なる考え方、異質な人材を意図的に取り込む姿勢が不可欠です。
 リーダーとしてイノベーティブなチームや組織を築いていくには、自分なりの原則論を持つことも大切。一時的な現象にとらわれない自分の軸や組織観を持ち、決してブレないこと。そのためにもビジネスパーソンとしてのロールモデルを持ち、リーダーの評価基準を持つことが求められます。
 イノベーションは極めて人間的な営みです。周囲の人を動かし、イノベーションを遂行するにはリーダーシップを正しく“学習”し、率先して行動することが重要です。

講師紹介

一橋大学イノベーション研究センター教授

米倉誠一郎氏


1977年一橋大学社会学部、79年同経済学部卒。81年同大学院社会学研究科修士課程修了。90年、ハーバード大学で歴史学博士号(Ph.D.)を取得。一橋大学商学部産業経営研究所教授を経て、97年より現職。季刊誌『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)編集委員長、六本木ヒルズにおけるアーク都市塾塾長も務める。著書に『脱カリスマ時代のリーダー論』(NTT出版)、『企業家の条件』(ダイヤモンド社)他多数。

受講者の声から

●主に金融機関に対するビジネスコンサルティングをしています。コンサルティング業務の中で、クライアント企業の経営の視点をもつことは必要不可欠であるため、受講しました。毎回、専門的なお話や意見を伺うことができ、その視野の大きさや視点の鋭さに感銘を受けています。それを自分の中で咀嚼(そしゃく)し、実業務に反映させることが今後の課題です。

(コンサルタント/30代)

●現在の職場環境だけでは視野や考え方が偏りがちになるので、第一線で活躍される方や異業種の方と触れ合えることに刺激を受けています。めまぐるしく変化する経済の中で、その変化の本質や今後の展望を自分の視点で見極めることが、この講座に参加した最大の目的です。講座を通して、時代を読み解く力を高めていきたいと思います。

(フライトアテンダント/30代)

受講者と講義後の懇親会では、米倉先生を囲んでの楽しいひとときも
協賛企業:
講座協力:東京21cクラブ