第2回(2007年7月17日開催)

改革を進めれば3%成長も可能
ブレない指示を出すことがリーダーの条件

「失われた10年」の本質

今日は、日本経済が今後どういう方向に向かっていくのかというビジョンと経済政策についてお話ししたいと思います。
 20世紀の100年間で日本経済は目覚ましい発展を遂げました。1人当たりの国内総生産(GDP)は推計で11万倍。物価上昇分を割り引いても、実質生活水準は100年でおよそ35倍。これは誇るべきことです。
 1980年代、日本は年率4.5%の成長を続けていました。それが90年代に入ると1%に落ち込んだ。1%成長が続いた10年、それが日本経済の「失われた10年」です。
 経済には波があります。好況になれば不況になり、不況になれば必ず好況になる。ところが90年代はずっと景気が悪かった。これはバランスシートの問題でした。
 企業は高い経済成長を前提に借金をし、設備投資を行ったけれど不況で減収。借金は減らない、返せない。貸した側から見れば不良債権です。不良債権というリスクの塊を抱えた銀行は新たな貸し出しを渋る。健全な経営を行っている企業まであおりを受け、日本経済全体が非常に危機的な状況に陥ってしまいました。
 この時、残念ながら日本社会全体が問題の本質を見誤りました。「問題は需要不足だ。ケインズ型の政策で、政府が借金をして公共投資を行えばいい」と。国は国債を発行し、追加経済対策だけで130兆円もの投資を行いました。にもかかわらず1%成長から抜け出せない。必要なのは、バランスシートの改善でした。
 銀行の貸出総額に占める不良債権比率はピーク時の2002年3月期で8.4%。同年9月、私は金融担当大臣の兼務を命じられ、これを2年半で半分に減らすという数値目標を立てました。現在、不良債権比率は1.5%。「失われた10年」は終わりました。もちろん、銀行も企業も頑張った。正しくかじを切りさえすれば、日本経済にはそれができる力があったということだと思います。

日本経済が直面しているチャンス
日本経済の現状とビジョンをわかりやすく解説してくださった竹中先生の講義。内部にいた者しか知り得ない小泉内閣時代のエピソードや政界の裏話も面白く、あっという間の2時間半だった。

過去4年間、日本の経済成長率は2%強で推移しています。内閣府の試算によると潜在成長力は2%弱。つまり潜在成長力レベルか、それを上回る成長を果たしているということです。
 しかし、スポーツ選手に例えるなら、大手術を経て退院し、日常生活が送れるようになったばかり。今すぐに国際大会で活躍できる保証はない。不良債権問題の本質は、明らかに経営の失敗です。ガバナンスが強化されていなければ、また失敗するかもしれない。世界の競争に耐える力をつけるには、ガバナンスを強化し、さらに足腰を強くしていく必要があります。
 その一方で、日本は今、大きなチャンスに直面していると私は考えています。2%弱の成長力を2.5ないし3%の高い成長軌道に乗せる非常に大きなチャンスです。
 潜在成長力そのものを高くすることは容易ではありません。しかし、1990年代の米国はそれを実現した。当時、2%強とされていた米国の成長力を「いや、3%成長の力はある」と分析したのがニューエコノミー論です。いろいろな議論はありましたが、結果はニューエコノミー論の勝ち。現在は政府も民間の試算も3.2―3.3%の成長力があると認めています。
 これを可能にした要因は2つありました。1つは「平和の配当」です。東西冷戦が終わり、軍事に投じられていたお金と人材を生産分野で使えるようになった。もう1つはIT(情報技術)革命。当時の米連邦準備理事会(FRB)議長、グリーンスパン氏は「これは100年に1度の技術進歩かもしれない」と、柔軟な金融政策をとった。だから米国は3%成長を実現できた。
 日本には平和の配当に代わる「改革の配当」があります。郵政民営化で不動産をはじめとする資源が有効活用されます。郵便局は全国に2万6千局もある。セブン‐イレブンの約3倍にあたり、もっと有効活用できるはずです。お金もしかり。現在、日本の個人金融資産は1500兆円規模といわれており、その2割以上、額にして約300兆円が郵貯と簡保に流れています。民営化されると、これが民間に回ってくるのです。企業にとってはまさにビジネスチャンス。日本経済にとっても、より高い成長軌道に乗せる重要なチャンスです。
 2%成長と3%成長。たった1%ですが、この差はすごく大きい。ごく単純化して計算すると10年でGDPに50兆円の差が出ます。税収にして約16兆円の差。これを無理やり消費税に換算すると約8%。つまり2%成長なら消費税を13%にしなければ得られない税収を、3%成長なら増税なしで実現できる。――問題は、これをどう実現するか、です。

戦略は細部に宿る

誰しも改革には“総論賛成”。でも、具体論になると必ず反対が出ます。改革を実現・推進する鍵を握っているのはリーダーのパッションと「プロセス」です。
 戦略は細部に宿ります。細かいことをおろそかにしては何も実現できません。この点は経済政策も経営も同じ。そのためにも会議は「決める場」でなくてはなりません。
 郵政民営化の基本方針を決定したのは総理直轄の経済財政諮問会議。1回の会議のために3、4回の裏会議を開き、何をどう決めるのか、徹底した戦略とシナリオを練りました。日中は国会がありますから裏会議を開くのは夜中か週末。でも、プロセスを重視し、制度設計の細部にこだわったからこそ改革を実現できたのだと思います。

脱「耳学問」のススメ

最後に、リーダーを目指す上で重要だと思うことを数点お話ししておきたいと思います。1つは「王道を行く」ということ。新しいことをしようとすると必ず批判が出ます。でも、リーダーの指示はつねに明快かつブレがないことが重要。原則を曲げない姿勢、王道を貫く意志は不可欠です。
 「瞬時の判断力」もリーダーの条件の1つだと思います。小泉さんいわく「それは相撲の立ち合いと同じ。立ち合いのとき、右に回って上手を引いて、次に……なんて力士は考えていない。一瞬の判断。そのために稽古(けいこ)してるんだ」。多分、彼は歴史小説やオペラ、歌舞伎などさまざまなものを見たり読んだりしながら、つねに“稽古”しているんだと思います。つまり、イメージトレーニング。その蓄積が、いざというとき、一瞬の判断として生きてくるのでしょう。
 「直接対話力」を磨くことも重要です。さまざまなステークホルダーに直接語りかける能力、説得力、パッション。自分が本当に信じていることを、熱意を持って論理を組み立て、本気で説得しようという意欲がなければリーダーは務まりません。
 リーダーとして日本の将来を担う皆さんには、ぜひ経済のことを勉強していただきたいと思います。経済と「経営」は違います。経済と経済政策を見る確かな目を養うには、自分なりの簡単な基本モデルを持ち、つねにロジカルに考えることが大切です。
 仕事が忙しくなると、耳学問に依存してしまいがちです。でも、耳学問では応用がきかない。読んだり書いたりしながら自分でロジカルに考える訓練をし、経済の本質を洞察する力を身につけてください。

講師紹介

慶応義塾大学教授
グローバルセキュリティ研究所所長

竹中平蔵氏


一橋大学経済学部卒。日本開発銀行、大蔵省財政金融研究所主任研究官、ハーバード大学客員准教授、大阪大学経済学部助教授、慶応義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年、小泉内閣の構造改革推進役として経済財政政策担当大臣に就任。金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣を歴任後、現職に。近著に『構造内閣の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞出版社)など。

キーワード解説

■ケインズ政策

財政・金融を中心とする総合的な景気調整政策のこと。景気後退期には公共事業の追加などで財政支出を拡大、金融緩和を進めて有効需要を刺激する。

■潜在成長力(=潜在成長率)

国内総生産(GDP)を生み出すのに必要な供給能力を毎年どれだけ増やせるのかを示す指標。資本、労働、技術進歩の三つの伸び具合の合計が潜在成長力となる。

■ニューエコノミー論

生産性の上昇によって米国経済からは景気循環が消滅してしまい、インフレなき長期景気拡大が実現したとする考え方。
協賛企業:
講座協力:東京21cクラブ