明治・大正・昭和の足跡を訪ねて

真新しい旭日旗がはためく記念艦(写真・長田 浩)

所在地:神奈川県横須賀市 完成:1902(明治35)年

ひと息

三笠公園地図

 横須賀といえば、港と軍艦。海沿いの公園からは自衛隊や米軍の艦船を眺められる。もっと間近から見たければ「軍港めぐり」のクルージングが面白い。1時間1200円で、米国の横須賀海軍基地の周囲を回り、さらに海上自衛隊の司令部が並ぶ港も案内してくれる。
 船上からの眺めは迫力十分で、艦船を目の当たりにできる。歴史好きなら旧海軍の造船工場の勉強にもなる。トライアングルという船会社が運航している。これまでは期間限定だったが、近く定期航路に変わるそうだ。近くの猿島と観音崎を結ぶ航路もあり、こちらはすでに定期便を出している。「軍港めぐり」は今年が10周年だが、「カレーの街」宣言も同じころスタート、町おこしに一役買っている。旧海軍のレシピが見つかり、それに基づいてシンプルな味付けとミルク、サラダ付きが特色。海軍カレーは市内に19店、1000円前後。

「誉れの名艦」 日露戦勝の立役者 栄光と悲惨を体現

「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ連合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

1905(明治38)年5月27日早暁、連合艦隊の旗艦三笠は大本営に向けこう打電し、対馬沖でロシアのバルチック艦隊を迎撃した。三笠は東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊の旗艦として奮戦し、海戦史上例を見ない圧倒的な勝利に導いた。

極東に食指を伸ばすロシア帝国の脅威に対し、日本が国の総力を傾けて戦った日露戦争は、この日本海海戦で終結した。人呼んで「誉れの名艦」。国を守ったシンボルとして今も親しまれている。

東郷ターン

三笠は基地の街、神奈川県横須賀市にある。岸壁にコンクリートで固定されてはいるが、海に浮かんでいるように見える。全長122メートルの巨体に2本のマスト、巨大な煙突。大砲が幾門も突き出ている雄姿は威風堂々。設計図や古写真に基づいて忠実に再現、戦艦ではなく、記念艦として大正時代末から横須賀の主(あるじ)となっている。

艦内に入ると、昔の砲室ごとにパネルやビデオで、日露戦争当時の世界情勢や戦争全体の経緯などを説明する。日本の近代史を学ぶ上の格好の歴史博物館だ。

日本海海戦でのドラマに浸ることもできる。東郷長官が戦闘の間、じっと立ち尽くしたとされる前艦橋。そこは吹きさらしで10畳程度の狭い場所だ。隅に有名な「艦橋の絵」のレリーフ。床には東郷や秋山真之参謀ら幹部の位置を示す靴の跡の目印も。よくぞ被弾しなかったものと感心する。

中央ホールには双方の艦隊の動きと砲撃戦の様子を示す動くパノラマがある。敵前ですれ違うと見せかけてUターン、砲撃のしやすい位置に立つ「東郷ターン」や「丁字戦法」など大胆な戦法の種が明かされる。

作家・軍事評論家の伊藤正徳は、勝因に「完璧な指揮と訓練」「本塁打の続出」などを挙げた。主砲の数は日露トントンだったが、発射速度と命中率で日本はロシアの6倍。これに爆発力世界一の国産「下瀬火薬」が加わった。

明治人の気概

日本の戦艦6隻はすべて英国からの輸入だった。当時の英国は世界一の造船王国。同盟国として最新鋭艦を惜しげもなく用意してくれた。優れたハードに、操船方法や砲弾の改良、大胆な戦法などソフトがうまくかみ合ったことが完勝の秘密だろう。近代化の道半ばでぶつかった国の危機をはね返そうとする明治人の熱い想(おも)いや気概が至る所に感じられる。

この一戦で三笠の名は東郷とともに一躍、世界に広まった。17年後、ワシントン軍縮条約で廃艦が決まり現役の座を降りたが、記念艦として生き残ったのも栄光の歴史があったからである。

もっとも記念艦になってからずっと平穏だったわけではない。運も味方した奇跡的辛勝にもかかわらず、日露戦争の勝利で得た日本軍の自信はやがて傲慢(ごうまん)に変わり、今次大戦では大いなる惨禍を招いた。

三笠も戦後、横須賀に進駐軍が入ってからは受難続きだった。艦橋、マスト、煙突などすべて取り払われ、キャバレーに変身したことも。

みじめな姿に海外からも怒りと同情の声が起こり国内の保存運動に火がついた。ニミッツ元米太平洋艦隊司令長官はそんな恩人の1人で物心両面から復元保存を支援した。1961(昭和36)年、やっと現在の記念艦になった。

平成になって船の世界遺産ともいわれる海事遺産賞を受けた。世界最古の鋼鉄艦で保存状態も良いことが評価された。毎年5月27日の旧海軍記念日には記念式典が行われている。見学者は老若男女とりまぜ年間10万人にのぼるという。

文・諸星 龍三

三笠の進水式

財団法人三笠保存会提供

■三笠の進水式

1900(明治33)年11月8日、英国中西部にあるヴィッカース社のバロー・イン・ファーネス造船所での進水式。英国に発注した4隻の戦艦の最後に竣工(しゅんこう)した。大砲を据え付け、2年後に舞鶴港へ。すぐに日露戦争に投入された。兵器込みでざっと1200万円、今のお金で約300億円。


日本経済新聞 夕刊 2008年5月22日(木) 掲載

探訪余話

国防遺産の宝庫

記念艦三笠が鎮座する横須賀・三笠公園。その周辺は近代遺産の宝庫である。日本の重化学工業の出発点となった造船所跡、海を隔てた近くの猿島には幕末以来の砲台跡、要塞跡がある。いずれも東京湾の玄関口という地理的な関係で、防衛に関する遺産が多い。記念艦三笠も含め、国防遺産の宝庫といえるかもしれない。ただし、三笠を除けば保存の環境は十分とはいえない。最近になって整備され、部分的な公開が始まった段階だ。

JRの横須賀駅を降りるとすぐ側にヴェルニー公園がある。海を挟んで、目の前が米国海軍基地。左側は海上自衛隊の横須賀総監部の建物群。さまざまな大型艦艇の実物を見れる場所だが、公園内には2つの銅像と瀟洒な屋根が特徴のヴェルニー記念館がある。記念館の中に最近、スチームハンマーという巨大な鍛造機が大小2基、陳列された。銅像と大きな工作機械装置、米軍基地の3点セットの間には共通点がある。幕末から明治、昭和にかけて、この場所が近代造船の拠点として花を開いた場所なのである。

銅像の主は、江戸幕府の勘定奉行、小栗上野介とフランス人技師のヴェルニー。ペリー艦隊の黒船来襲で日本も蒸気船を持つ必要を痛感、企画書を作ったのが小栗。フランスから工事指導員として迎えられたのがヴェルニーだった。横須賀にドックを作る壮大な計画で横須賀製鉄所が当初の名前。2年後に江戸幕府が崩壊。小栗は官軍に殺されたが、造船事業は引き継がれた。維新政府のもとで明治4年に最初のドックが完成、工場も横須賀造船所へ改名した。

このドックは長さ120m、幅25m、深さ9mの東洋最大だった。造船は鍛造、旋盤、錬鉄などの工作機械が必要で、ヴェルニーはオランダからスチームハンマーを輸入した。この造船所は最新の技術センターの役割も兼ねていた。ヴェルニーの技師団は製糸機や探鉱機なども開発、日本各地の殖産興業に横須賀出身の技術者が活躍したという。横須賀が日本の産業技術の発祥の地となったのはこのためだ。

時代が進み、海軍が幅をきかすようになると、この地は軍艦の建造と修理の専門工場となる。明治17年、横須賀鎮守府が設立されると海軍造船所に改名、隆盛期を迎える。昭和20年に太平洋戦争で日本が負けるまで軍艦などの艦艇を造っていたのだ。日本の敗戦で米軍に接収されたが、現在に至るまで、このドックは健在。江戸末期から明治、大正、昭和、平成の5代140年にわたって稼働を続けている。現在は米軍基地内にありドックを見ることはできないのが残念だ。スチームハンマーは10年ほど前に返還されたものである。

もう1つの猿島は民間の渡し船が就航しているから、探訪は可能だ。10分ほどで行ける。東京湾で唯一の自然島で人は住んでいない。だが、幕末から国防の要所として、砲台を築き人が入った。ペリー艦隊は2度にわたって猿島を通り、付近の測量までしたが、砲台が火をふいた話は伝わっていない。いとも簡単に開国の扉を開いてしまったのだ。米軍では今もここをペリーアイランドと呼ぶらしい。

明治になると、幕末よりもっとましな猿島要塞が造られる。灯台で有名な観音崎などと並ぶ海防要塞の1つ。島の中央部に露天掘りの道を作りトンネルもある。その途中に第一砲台、海岸に面したところに第二砲台の跡。道の途中には横穴があり、弾薬庫や司令部が置かれた。ここを発掘し整備したのは横須賀市教育委員会。各種の遺構の中でレンガに注目している。トンネルの入り口などにフランス積みの積み方をしているのが特色という。長いレンガと短いレンガを交互に積み上げていく繊細な方法で、イギリス積みに比べ日本では例が少ない。

今でも美しく、洋風建築の一例として見る価値はある。砲台跡も輪郭が整備され、眼下に東京湾が開けているのが分かる。だが、幕末同様、要塞が使用されたことはなかったらしい。結局、関東大震災で、海に造った海堡も含め、要塞は壊滅する運命に。太平洋戦争時に一部復活し、高射砲が据えられたが、これも成果は上げたとは聞かない。横須賀市では要塞跡を整備したものの、一方で生物観察や自然を楽しむエコミュージアムとして猿島を売り出し中。国防遺産だけでは町興しは難しいことを物語る。

記念艦三笠は市営の三笠公園内にある。JR横須賀線の横須賀駅か京急線の横須賀中央駅が起点となる。京急線利用なら徒歩15分程度。三笠公園入口のアーチ型門をくぐり、米軍基地の三笠門を見ながら右折すれば、ほどなく巨大な東郷像と記念館三笠の勇姿が飛び込んでくる。JRの場合は駅前のヴェルニー公園を16号線沿いに徒歩20分程度歩けばいい。バス利用なら大滝町下車。観覧料金は大人500円、高校生300円。記念艦三笠の隣には猿島や観音崎、ヨコスカ軍港めぐりの渡船桟橋もある。トライアングルという会社が運営している。

文・諸星 龍三

瀟洒なヴェルニー記念館

横須賀造船所のドックは今も健在

近代化の象徴・スチームハンマー

レンガの美しい猿島要塞のトンネル